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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2581号 判決 1961年10月30日

原告 中村正治

被告 東京証券取引所

当事者参加人 小島義方

主文

被告は原告に対し金二九二、五八七円及びこれに対する昭和三四年三月一日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

参加人の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた費用は被告の負担とし、参加によつて生じた費用は参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「訴外中外証券株式会社は、有価証券の売買、その媒介、取次または代理等を営む証券業者で、もと被告の正会員であつたが、昭和三三年一〇月二七日以降数回に亘り会員権の停止等の処分を受け、昭和三四年二月一日被告から除名されて脱退するに至つたものであるが、原告は、かねてから、右訴外会社に有価証券市場における株券売買の取引を委託していて、昭和三三年八月四日から同年一一月六日までの間に合計金一、三〇九、二七六円に達する委託上の債権を取得していたところ、原告と同訴外会社との間には、昭和三四年二月一三日東京簡易裁判所において、右債権の支払いにつき、つぎのような裁判上の和解が成立した。(同庁昭和三四年(イ)第九一号損害金和解事件)「訴外中外証券株式会社は原告に対し金一、三〇九、二七六円及びこれに対する昭和三三年一〇月二七日以降完済に至るまで年六分の損害金の債務あることを確認する。同会社は、原告に対し、金一、三〇九、二七六円を支払うこと。」ところが、同訴外会社は、その後右和解金の支払をしなかつたので、原告は、右和解調書の執行力ある正本に基き、右和解金のうち金二九一、六〇二円及び執行費用金九八五円合計金二九二、五八七円を執行債権として、同訴外会社が被告に預託していた信認金五、二九八、五〇〇円(うち代用有価証券一、六三二、五〇〇円)の返還請求権につき、東京地方裁判所に対し、債権差押並びに転付命令の申請をなし(同庁昭和三四年(ル)第三〇六号、同年(ヲ)第四三五号)昭和三四年二月二七日その命令を得、該命令は同月二八日被告並びに右訴外会社に送達された。しかるに、被告は原告の再三の請求にもかゝわらず、右転付金の支払に応じないので、原告は被告に対し、右転付金二九二、五八七円及びこれに対する転付命令送達後である昭和三四年三月一日以降支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」旨陳述し、被告の抗弁に対し、訴外中外証券株式会社が、他の委託者等に対し被告主張のような債務を負担していること、同会社の債権者団体が委員を選出して同会社の債務を整理中であり、被告に対し、被告主張のような支払停止の通告がなされていることは不知原告は右訴外会社の委託者として、同会社が被告に対して有する信認金返還請求権につき第一順位の優先権を有し、この債権に基き本件差押及び転付命令を得たものであつて、本件においては、他の優先権者からの差押の競合または配当要求がないから、原告は右差押及び転付により他の優先権者に先立ち独占的に満足を受ける権利を有するものである、と述べ、乙号各証の成立を認め、参加につき、「参加人の参加申出を却下する。参加費用は参加人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として、「原告は、前記のとおり、第一順位の優先権者として、本件差押並びに転付命令により他の優先権者に先立ち排他的に、訴外中外証券株式会社が被告に対して有する信認金返還請求権のうちから、金二九二、五八七円の弁済を受け得るものであつて仮りに参加人が第一順位の優先権者であるとしても、参加人は本件訴訟の結果により権利を害される第三者に該当しないから、参加人の参加申出は不適法である、」と述べ、本案につき、「参加人の請求を棄却する。参加費用は参加人の負担とする、」との判決を求め、答弁として、参加人が訴外中外証券株式会社に対し、参加人主張のような債権を有することは不知、と述べ、丙第一号証中執行吏作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知と答えた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、「原告主張の請求原因事実はすべて争わないが、原告が差押及び転付を受けた信認金は、訴外中外証券株式会社の委託者及び被告取引所会員の債権の担保となつているものであるから、原告に対してのみ優先的に支払をすることはできない。すなわち、被告取引所の定款第四〇条によれば、会員脱退の承認を受けたものが、本所から返付を受ける金員を以て前条の債務の全額を弁済することができない場合においては、会員信認金から委託者及び会員に対する債務を優先弁済した後その余剰金を以て本所に対する債務の支払に充てなければならないと規定されているのであつて、この委託者の保護は、抜馳的早い者勝ちということではなく、裁判手続の遅速を問わず、全委託者、全会員に公平、平等、かつ機会均等になすべきものであるところ、訴外中外証券株式会社の委託者その他に対する債務は、実に六九七、七四九、二七〇円(昭和三四年二月二八日現在)のぼう大な額に達し、現に同会社の債権者団体が委員を選出し、目下その整理中であり、被告に対しても、右訴外会社代表取締役並びに債権者団体委員長の連名で、支払停止の通告がなされているので、被告が原告にのみ支払をした場合二重払をさせられる危険があり、原告の本訴請求に応ずることはできない。」と答え、なお別紙のとおり被告の主張を補足して述べ、他の優先権者から信認金につき差押はなされていないと釈明し、証拠として、乙第一乃至第三号証を提出し、参加につき「参加人の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、「参加人が訴外中外証券株式会社に対し、参加人主張のような債権を有することは不知」と答え、丙第一号証中執行吏作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知と述べた。

参加人訴訟代理人は、「原告は、原告の請求にかかる金二九二、五八七円の債権中金二八七、七〇二円が原告に属することを確認する。被告は参加人に対し金二八七、七〇二円を支払え。

参加による費用は原告及び被告の負担とする。」との判決を求め、参加の理由として、「参加人は訴外中外証券株式会社に対し、信用取引の保証金債権金一七、五一四、四〇〇円を有し、同訴外会社が被告に対して有する信認金返還請求権につき第一順位の優先弁済権を有するものである。よつて、参加人は、原告に対し、原告の本訴請求金額中参加人の債権額に割合する部分である金二八七、七〇二円が参加人に属することの確認を求め、被告に対しては、右金員の支払を求める」旨陳述し参加人は、訴外中外証券株式会社が被告に対する信認金返還請求権を差押えたことはない、と釈明し、立証として、丙第一号証を提出した。

理由

一、原告の請求について。

原告が本訴請求の原因として主張する事実は、原、被告間に争がなく、右の事実によれば、原告は、訴外中外証券株式会社が、被告に対して有する金五、二九八、五〇〇円の信認金返還請求権のうち金二九二、五八七円の転付を受けたものということができる。

被告は、訴外中外証券株式会社の被告に対する信認金返還請求権は、他の優先権者の権利の目的となつているから原告の本訴請求に応ずることはできない旨抗弁するけれども、信認金に対し優先権を行使するには、民法第三〇四条第一項但書の趣旨に準拠し払渡または引渡前に差押をなすことを必要とするものと解すべきところ、本件において、他の優先権者から差押がなされていないことは被告の自認するところであり、被告主張のような通告を差押と同視することもできないから、単に信認金が他の優先権の目的となつていることだけの理由で、原告の本件転付金の支払を拒絶することはできないものといわなければならない。

そうすると、被告は原告に対し、前記転付にかゝる金二九二、五八七円及びこれに対する転付命令送達後である昭和三四年三月一日以降支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであるから、原告の本訴請求は理由がある。

二、参加人の請求について。

証券会社が証券取引所に預託している信認金について優先権を有するものは、証券取引所を被告とする信認金請求訴訟において訴訟の目的が優先権に服する場合または訴訟の結果により自己の権利を害されることが当然考えられるから、かゝる優先権者は、右の訴訟に参加できるものと解せられる。ところで、参加人は、本件において、原告の請求にかかる金二八七、七〇二円の債権が自己の権利の属することの確認と、その支払を求めているのであるが、参加人が訴外中外証券株式会社に対し、金一七、五一四、四〇〇円の証券取引上の債権を有し、かかる債権者が、同会社から被告に預託した信認金に対し第一順位の優先権を有することは、執行吏作成部分の成立に争がないので、全部真正に成立したと認められる丙第一号証と弁論の全趣旨によりこれを認めることができるけれども、参加人が右信認金について差押をしていないことは参加人の自認するところであつて、原告が転付によつて取得した金員のうち金二八七、七〇二円の請求権を、参加人において取得すべき根拠については、首肯すべき何等の主張も立証もない。そうすると、参加人が原告に対し、右の請求権が参加人に属することの確認を求め、また、被告に対し、右金員の支払を求める本訴請求は、いずれも、その理由がないものといわなければならない。

三、結び

以上により、原告の被告に対する請求は理由があるから正当としてこれを認容し、参加人の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することゝする。なお、仮執行の宣言は、本件につき不相当と認め、これを附さない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下門祥人)

被告の主張の補足

訴外中外証券が被告取引所に預託した会員信認金は、証券取引法により委託者たる債権者その他の優先債権の担保(特別法による先取特権の対象物)となつて居るものであるから、中外証券の返還請求権は、普通の制限のない金銭返還請求権とは異る、即ちその制限に服して返還すべきコブ附債権である。

原告は、斯る制限附の債権(以下コブ附債権と称する)の転付を受けた者であるから、その取得した債権には何処迄もコブが附き廻るのであつて、転付に因つて原債権以上の権利を取得するものでないことは転付命令の本質論より観て明瞭である(転付に因つてコブは除れない)。

従つて原告が中外証券の転付債権者として被告に対し会員信認金の返還を請求せんとするには、先づ右金員に先取特権をもつ優先債権者の債権全部を支払つた後でなければならない。

尚原告は原告本来の優先的地位に因り他の同じき立場に在る委託者と共に、委託者各自の有する優先債権額を以て、会員信認金を按分比例した金額だけを、被告取引所から直接に返還を受け得る権利を有するであろうが、それは転付債権者としての地位に基くものではないし、又その金額は幾許が正当のものであるかは、須く原告が立証すべき事柄であつて、被告取引所に立証責任は負荷されない、但し会員信認金は現金と株式との両種であつて、その合計額は上述せる通りである。

一、証券取引法第九七条四項は

会員に対して有価証券市場における売買取引の委託をした者は、その委託に因り生じた債権に関し、当該会員の会員信認金について、他の債権者に先だち弁済を受ける権利がある。

と定め、又同法第一二一条第一項は

会員が有価証券市場における売買取引に基く債務の不履行に因り他の会員に対し損害を与えたときは、その損害を受けた会員は、その損害を与えた会員の会員信認金について、他の債権者に先だち弁済を受ける権利がある。

と定めている。

従つて、委託者又は会員たる債権者の、会員信認金に対する優先弁済権(原告も認める通り、被告も第三順位の優先弁済権を有するのであるが、本件と余り関係がないのでこゝではこれを省略する)は、証券取引法によつて定められた一の担保物権であつて、民法第三百三条に規定する所謂「其他ノ法律ノ規定」に該る先取特権の一つである。

二、ところで、証券取引法には、叙上の通り委託者又は会員の債権が会員信認金について優先弁済権を有する旨を規定するに止まり、その実行方法即ちこれ等優先債権者が会員信認金から如何なる方法でその支払を受けるのかについての規定がない(このことは証券取引法第四十一条の営業保証金についても同様である)、そこで同様の場合、他の法令は如何に規定しているかを参考の為めに調査して見ると、次の通りである。

○鉱業法第百十七条

石炭又は亜炭を目的とする鉱業権者又は租鉱権者は、省令で定める手続に従い、当該鉱区又は租鉱区に関する損害の賠償を担保するため、その前年中に掘採した石炭又は亜炭の数量に応じて、毎年一定額の金銭を供託しなければならない<以下省略>

同第百十八条、

被害者は、損害賠償請求権に関し、前条の規定により当該鉱区又は租鉱区に関する賠償を担保するため、供託された金銭につき、他の債権者に優先して弁済を受ける権利を有する、前項の権利の実行に関する手続は政令で定める、

同第百十九条

鉱業権者若しくは租鉱権者又は鉱業権者若しくは租鉱権者であつた者は、左に掲げる場合においては、省令で定める手続に従い、通商産業局長の承認を受けて、供託した金銭を取りもどすことができる、

一、当該鉱区又は租鉱区に関する損害を賠償したとき

二、鉱業権の消滅又は鉱業権の消滅若しくは鉱区の減少による租鉱権の消滅の後十年を経過しても、損害が生じないとき

○鉱害賠償供託金配当令第一条

鉱業法(以下法という)第百十八条第一項に規定する権利を有する者は、法第百十七条の規定により供託された金銭(以下供託金という)に対し権利を有する賠償義務者(以下単に賠償義務者という)が事業の廃止若しくは休止その他の理由により賠償の義務を履行することが著しく困難であると認められるとき、又はその行方が知れないときは当該鉱区又は租鉱区又は租鉱区の所在地を管轄する通商産業局長に対し、権利の実行の申立をすることができる。

同第四条

通商産業局長は、申立を理由があると認めるときは、当該供託金につき法第百十八条第一項に規定する権利を有する者に対し、六十日以上の一定の期間内に権利の申出をすべきこと及びその期間内に申出をしないときは配当手続から除外されるべきことを公示し、かつ、その旨を申立人及び賠償義務者に通知しなければならない、

前項の規定による公示があつた後は、申立人がその申立を取り下げた場合においても、手続の進行は、妨げられない。

同第五条

通商産業局長は、前条第一項の期間が経過した後遅滞なく権利の調査をしなければならない<以下省略>

同第六条

通商産業局長は、前条の調査の結果に基き、すみやかに配当表を作成し、これを申立人、第四条第一項の期間内に権利の申出をした者及び賠償義務者に通知しなければならない、配当表は、第四条第一項の期間の末日までに供託された供託金について作成するものとする。

○鉱害賠償供託金配当令施行規則第九条

通商産業局長は、配当の実施のため、供託物取扱規則(大正十一年司法省令第二号)第七号書式に準じて作成した支払委託書に、供託物受入の記載のある供託書の写を添えて、これを供託所に送付するとともに、配当を受けるべき者に供託物取扱規則第八号書式に準じて作成した証明書を交付しなければならない、通商産業局長は、前項の手続をしたときは、支払委託書の写を賠償義務者に交付しなければならない。

配当を受けるべき者が、供託金の払戻の請求をするには、第一項の証明書を供託所に提出しなければならない、

前項の規定による請求があつたときは、供託官吏は供託物取扱規則第八条の規定に準じてその手続をしなければならない、尚、この外にも水洗炭業に関する法律(昭和三十三年五月二日、法律第百三十四号)、水洗炭業者保証金規則(昭和三十三年八月四日、法務、通商産業省令第一号)商品券取締法(昭和七年九月七日、法律第二十八号)、昭和十一年勅令第五十八号(商品券取締法第二条第一項ニ規定スル権利ノ実行ニ関スル件)にも、同様の規定がある(但し最後の場合のみは権利の実行の申立先は裁判所である)

三、又、被告取引所の定款第三十九条は

会員脱退の承認を受けた者は、本所から返付を受ける金額(会員信認金を除く)を以て、他の会員及び本所に対する一切の債務の弁済に充てなければならない。

前項の債務中、その金額未定のものあるときは、その確定に至るまで、理事会は適当と認める金額を留保することができる。

と定めているにも不拘、その第四十条に於ては

会員脱退の承認を受けた者が、本所から返付を受ける金額を以て、前条の債務の全額を弁済することができない場合において、会員信認金から委託者及び会員に対する債務を優先弁済した後、その剰余金を以て、本所に対する債務の支払に充てなければならない。

と規定しているのである。

四、他方、差押債権者は債権の転付により債権譲渡人即ち債務者の地位を得るものであつて、差押債務者が有した権利以上のものを取得するものでないことは明治廿九年以来の判例並に学説に於て一貫している(例へば大審院昭和三年(オ)第七二二号事件判決)ところであるから、原告は訴外中外証券が被告取引所に預託した会員信認金につき、中外証券が有したより以上の権利を取得するものでない、従つて被告は中外証券に対抗し得べき権利を原告に対しても主張し得ることは当然である。

五、処で、訴外中外証券は営業に失敗して破綻を生じ、総額七億四千数百万円の負債を負つて居ることは、新聞紙上の屡々の記事によつても明白である。

而して、右の内所謂、優先権に属する委託者の債権なるものが何程であるか、又、その氏名は誰人であるか、その頭数は何百名であるかは、被告取引所に於ては固より知り得さる処であると共に、経理の濫脈、二重帳簿の作成等、甚しきものとせられ、刑事々件を起し重役、経理担当社員の大部分が検挙勾留せられて居る中外証券の現状に鑑みるときは、仮に中外証券から優先権者名簿が提示されたとしても、それを正確誤謬なきものとして、鵜呑に信用して進退することは、甚だ危険を感ずる次第である。

被告取引所としては、軽挙のため、後日に至り損害賠償その他の苦情を受けることは甚だ迷惑の次第であるから、この際としては慎重に善処することが、善良なる管理者として採るべき注意義務であると信ずる。

六、飜て、之等優先弁済権者の権利実行の方法や、預託者の返還請求権については、証券取引法にも被告の定款に明確な規定がないから、同様に先取特権を認め、明確な規定を設けている前述の鉱業法その他を類推適用するか、民法の債権質の規定を類推適用するか(民法は債権の先取特権について明確な規定を設けていないから)以外に方法がない。

然し乍ら、その何れを採るにしても、かゝる優先弁済権をもつ債権者があり、その債権の額が被告保管中の会員信認金の額を上廻ることが明らかである以上、被告取引所は中外証券に対し会員信認金を返還すべきものではないのである。

何故なら、鉱業法を類推適用するとすれば、同法第百十九条は前述の通り「当該鉱区又は租鉱区に関する損害を賠償したとき」その他の場合であつて且つ通商産業局長の承認を得た場合でなければならぬから、原告がこれ等優先債権者の債権を弁済した後でなければ、現実に返還を受けることができないことが明らかであるからであり、又民法の債権質の規定を類推適用するものとすれば、

質権者ハ質権ノ目的タル債権ヲ直接ニ取立ツルコトヲ得、債権ノ目的物ガ金銭ナルトキハ、質権者ハ自己ノ債権額ニ対スル部分ニ限リ之ヲ取立ツルコトヲ得(第三六七条一、二項)

とあるから、原告は優先債権者の一人として、その配当分につき按分した額を直接請求するならば格別、中外証券の転付債権者として請求することは全く認める余地がないからである。

七、又このことは、証券取引法が会員の信認金につき、委託者たる債権者全員に対し最優先の先取特権を認めた趣旨とも合致するものである。

即ち旧取引法第二十四条は

取引所ハ証拠金及身元保証金に付、他ノ債主ニ対シ優先権ヲ有ス

と規定し、又同法第二十四条ノ二は

取引所ノ売買取引ノ委託者ハ、会員又ハ取引員カ委託契約ニ違ヒタル場合ニ於テ、其ノ違約ニ因ル債権ニ関シ、違約シタル会員又ハ取引所員ノ身元保証金ニ付、他ノ債主ニ対シ優先権ヲ有ス、

前条ノ優先権ハ前項ノ優先権ニ対シ優先ノ効力ヲ有ス

と、規定していたものを改め、証券取引法に於ては、委託債権者最優先としたのである、従つてこのことは、委託者たる債権者の債権は何とかして救済しようとしたものに外ならぬものであると同時に、その債権者の一部のみについてでなく、同一の地位にある債権者を、平等、公平、に一率に保護し様としたものである。

八、以上の次第であるから、被告としては、原告の「信認金について原告と同一順位の債権にもとづく差押の競合又は配当要求等執行参加の存在しない本件差押債権の転付金について、原告において単独で第一順位をもつて優先して弁済せらるべき権利を有するものである。故に転付命令のあつた後は、配当要求をなし得ないから、転付命令は差押配当主義の一例外をなし差押優先主義を認めたと同様の結果となる」と云う主張は、原告の請求債権が原告本来の債権ではなく、中外証券が被告に対して有する会員信認金返還請求権なるものゝ特質の上に座しての転付債権であること、率言すれば「コブ附の債権」を転付したものであつて、無条件の金銭債権を転付したものではない、と云う重要の点を忘却した謬論である。

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